虐待とは
-虐待の定義-
 
 
●保護者の怠慢ないし拒否(ネグレクト)

 ネグレクトとは、遺棄、衣食住や清潔さについての健康状態を損なう放置(栄養不良、極端な不潔、怠慢ないし拒否による病気の発生、学校へ行かせない、など)をいう。
児童虐待調査研究会(1985年)による児童虐待の定義より
 
 上記はネグレクトの最悪のケースを規定したに過ぎないと私は思います。ネグレクトとは、養育者として果たすべき義務と責任を怠慢し放棄することであると思うからです。では、養育者としての責任とはどのようなものでしょう?
  1. 親は子供の肉体的なニーズ(衣食住をはじめ、体の健康に必要としていること)に
     応えなくてはならない。
  2. 親は子供を、肉体的な危険や害から守らなくてはならない。
  3. 親は子供の精神的なニーズ(愛情や安心感、常に注目してやることなど、心の面で必要としていること)に応えなくてはならない。
  4. 子供を、心の面でも危険や害から守らなくてはならない。
  5. 親は子供に道徳観念と倫理観を教えなければならない。
    「毒になる親」スーザン・フォワード著/毎日新聞社・刊 より
 上記の5つを見れば、児童虐待調査研究会の規定したものは最低段階の「1.」すら満足にしない最悪のネグレクトを規定しただけだというのが明白です。

 育児の責任放棄という観点から言えば、自分は家に居たくないからといって外に出てしまい、配偶者の暴力・暴言から子供を守ってやらないのも、病気の子供を病院につれていってやらないのも、それどころか病気の子供を一人にして自分はテレビを見ているのもネグレクトでしょう。
 育児に関する知識不足で、満足に子供の面倒を見ていないのも、子供に食事の仕度をしてやらないのもネグレクトです。子供が自分で食事をなんとか用意しなければならず、その環境に慣れてしまって「これが当たり前」と思うようになっているのも実はネグレクトの悲しい結果なのです。
 もう1つ結果といえば、きちんと叱らずに甘やかしたせいで、子供の倫理観が欠如しているのを嘆いても、それは親がネグレクトした結果にすぎません。

 育児の責任放棄・怠慢と、放任主義は違います。放任主義という名目で子供への義務を果たさないことは、虐待です。
 放任主義というのは、しっかりと子供を支える環境にあってはじめて言えるものです。子供が失敗した時にはフォローがあるのが放任主義で、子供が失敗したとき何のフォローもされずに放置されるのがネグレクトです。「いざという時は、助けてくれる」その確信が子供に宿るような接し方が放任主義で、そのような感覚は子供に「自分は愛されている」「自分はOK」「この世はOK」という基本的信頼感を育みます。
 けれど、ネグレクトの環境下にあっては、「いざという時にも、どうせ助けてくれない」と子供に思い知らせ、それは「自分は愛されていない」「自分はNO」というこの世への不信を植え付けます。

 また、アイデンティティとは他者との関係で自己規定するものですが、1番鏡とするはずの親がネグレクトするような親では、子供は将来必要となるコミュニケーション能力を育てることもできず、子供自身のアイデンティティも親のように頼りない、霧のようなたえず揺り動く不安定なものになってしまいかねません。

 「加えられた傷」というのは明らかです。しかし、ネグレクトのような「何も与えられない傷」というものは自覚しにくく、それでいながらどの傷も同じように子供の心を痛めつけるのです。

 最後にもう1つ、離婚届とは、子供への義務を果たさずにすむようになる免罪符ではなないということも、言えると思います。