心的外傷後ストレス障害 Post-Traumatic Stress Disorder(PTSD) |
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| Post-Traumatic Stress Disorder、略してPTSDと呼ばれる「病気」があります。日本語では、「(心的)外傷後ストレス障害」と訳します。 過去に受けた心の傷が慢性化して、様々な生きにくさを抱える病気です。アメリカ精神医学会が制定した「DSM(精神疾患の診断・統計マニュアル/現在は1994年に改定された第四版・DSM-IV)」によって定められています。 |
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19世紀後期の約20年間は、「ヒステリー」と呼ばれるものが盛んに研究された時代でした。フランスのジャン=マルタン・シャルコーによって始められたこの研究は、それまで2500年にもわたって「ヒステリーは理解不能な、矛盾した症状を呈する奇病」と考えられ、「女性特有の疾患で子宮に発するもの(ヒステリーの語源は、ギリシャ語で子宮を意味する「ヒュステロン」)」と思われていた病気に、初めて近代医学のメスを入れるものでした。 シャルコー以前ならば、ヒステリー女性は詐病者と揶揄され、あるいは悪魔憑きと恐れられ、魔女狩りの炎に狩られるものでした。シャルコーは「迫害された人たちを解放したパトロン」と賞賛されました。しかしながら、彼は絶え間ない暴力と搾取とレイプから命からがらに逃げてきたヒステリー女性を「観客」達の前に連れ出し、研究の成果をその眼前で発表していたのです。 シャルコーの死後、とジグムンド・フロイトがヒステリーの研究をさらに発展させました。患者の話に熱心に耳を傾けていた彼は、ついに「いずれのヒステリー症例の基底においても過早な性的体験が1度あるいは2以上生起しており、これが生起したのは幼年時代の最も初期の数年である」という結論に達しました。 が、フロイトは一年もしないうちにこの持論を退けてしまいます。なぜなら、ヒステリーという病気は女性にはありふれたものであり、患者の語るものが真実で彼の持論が正しいのならば、「幼少児に対する倒錯行為」が無産階級から上流階級まで蔓延していることになるからです。 彼は自説を撤回し、女性患者の語る屈辱と悲しみの物語をファンタジーだと決め付けてしまいました。(フロイトは晩年に心的外傷論に回帰しますが、このことはあまり知られていません) 第一次世界大戦によって、心的外傷の研究には再びスポットが当たりました。狭いところに閉じ込められ、孤立無援状態におかれ、砲弾により一瞬にして命を吹き飛ばされる脅えにさらされ、戦友達が手足を失い命を吹き飛ばされていくのをただ眺めているだけしかできなかった多くの兵士達が、泣き叫び、金縛りになり、無言・無反応となり、記憶を失い、感じる能力を失ってしまいました。イギリスでは傷病兵の実に40%が精神崩壊と診断され、ヒステリー女性に酷似した症状を呈しました。 当時、砲弾の衝撃により脳にダメージを負った為だろうと「シェルショック」と名がつけられましたが、傷をいっさい負っていない兵士にまでこの症状が認められ、ついに軍医師達はシェルショックの症状が心的外傷によるものだというのを認めざるを得なくなりました。長時間死の恐怖にさらされつづける恐怖は、男性にもヒステリーを発症させるに十分な衝撃だったのです。 第一次大戦、第二次大戦、そしてベトナム戦争と続く戦争の中で研究が進み、戦争神経症の名が認知されるようになりました。 1972年、精神科看護婦のアン・バージェスと社会学者のリンダ・ホルムストロームがレイプの心理学的結果についての研究を開始しました。ある市立病院に24時間待機し、救急に訪れる被害者達を直ちにカウンセリングしインタビューを行いました。 2人は一年間に診た百人を越す被害者に一つの心理学的反応のパターンがあるのに気づき、これを「レイプ・トラウマ症候群」と呼びました。2人は被害者女性達がレイプされている間中、殺されるか不具にされるか恐怖に戦いていることに注目し、戦争参加帰還兵の症状と共通することを指摘しました。 フェミニズム運動の高まりと共に、女性に対する暴力の一形態としてのレイプ、夫による妻子への暴力、小児への性的虐待などが注目されるようになり、「被殴打女性症候群」「近親姦後生存者」の症状もまた、「レイプ・トラウマ症候群」と同質の心的外傷によるものであると認知されるようになりました。 1980年以降、ベトナム帰還兵の努力によって「外傷後ストレス障害」の概念が公認されるようになると、また、ウーマン・リブ、フェミニスト運動の高まりによって戦争の生存者に見られる症状とレイプ、家庭内暴力、近親姦後生存者たちの症状は、本質的に同一のものであることが明らかになりました。 身体への危険、生命の危機、抵抗不能の無力感、孤立無援の絶望、それらが心の傷=トラウマとなり、男性・女性に限らずすべての人間に起こりうること、PTSDの症状は意志薄弱者がなるものではなく、神、世界、運命に対して圧倒的敗北を喫した人間ならば誰でも起こりうることが認知されたのです。 |